第三夜 世界


 少年にとって世界とは、光のもと遥かに拡がる地平ではなく、闇の中ゆるやかに地の底へと沈みゆく螺旋だった。
 巨大な円筒状の竪穴のふちに沿って底へ底へと下りてゆく螺旋階段。そのところどころに据えられた松明の光はあまりに頼りなく、歩くよすがにと手を添える石壁はいつもひいやりと冷たい。
 その壁の反対側とは、すなわち竪穴であり、危ないから決してそちらを歩いてはならぬ、と父から口を酸っぱくして言われている側でもあった。
 それでも、少年は怖いもの見たさで恐る恐る近づき、階段のふちからそろそろと身を乗り出してみる。
 すると、点々と揺らめく松明に照らされ、地底へと吸い込まれてゆく螺旋階段。そして、松明の光届かぬその中央には、ただ巨大な闇そのものが、ぽっかりと口をあけているのだった。
 ぞくっとして穴のふちから身を離し、少年は階段を駆け下りてゆく。
 階段に沿って並ぶ、無数のドア。そのひとつに飛び込む。と、そこには魔物たち――彼の家族――と、父の笑顔。

 少年にとって世界とは、くろぐろとした畏れそのものと、そのまわりを細々とまわる一すじの道、そこに星々のように散らばるドアと、そしてその中にただひとつだけ在る、あたたかな場所なのだった。


END


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